東京散歩日和

 

川景/街景

月島・佃〜勝鬨橋・築地 

 

「東京は、水の都市である」というのが、今回の散歩の結論です。

どうしてそんな結論になったかその理由は…

それでは、出発!

 

地下鉄有楽町線・月島駅で降りる。

小春日和の穏やかな天気のなか、風情のある町並みの中を歩いて行く。

最初に向かうのは、「越中島公園」

ここ数年の間に建設された高層マンションの脇を通り、相生橋を渡って行く。

不思議な違和感を感じるのは、昔ながらの家並みのとなりに

高層ビルと整備された道路や大型スーパー、コミュニティスペースなどがあり

一見ミスマッチに見えるところが面白い。

相生橋を渡るとすぐに「越中島公園」が運河沿いに広がる。

風が吹きぬけていく。

見晴らしのいい、とても気持ちのいい公園。

一番はじっこまで歩いてみる。川の向こう側に中央大橋が見える。

川のように時間もゆっくり流れて行く、

日常の忙しく過ぎ去る時間も、ゆったりと静かにやって来る時間も

いつかはやがて大河となり、記憶の果てへと流れていく。

 

相生橋を渡って戻り、先ほどの高層ビル群「大川端リバーシティ21」へと歩く。

東京での超高層マンションのさきがけ、

これから21世紀に増えて行く未来の街の姿を見る。

 

高層ビル群を抜けると、中央大橋にでる。

造形的で、なかなかかっこいい橋だ。

橋のまんなかに銅像があって、説明を読むと彫刻家”ザッキン”の作品で、

パリから送られたものらしい。

なんだか、退屈そうに背中をかいている。

セーヌ河のことを思い出しているのかな…

中央大橋を戻り、こんどは「佃島」へと向かう。

この”佃”というのは、ご存知”佃煮”の発祥地。

佃島の由来は、徳川家康の時代までさかのぼる。

家康に呼びよせられた大阪の「佃村」の漁師たちが移り住み

その地名を「佃島」と名づけた。

”佃煮”は漁師たちの保存食で、その由来は、なんと大阪にあったという。

一口豆知識でした。

 

私が本当に東京らしいなと思うのは、こんな景色。

下町情緒の残る町並みと、東京でも有数の高層マンションが

景色のなかに同居している。

 

佃島はカメラを持って撮影している人がたくさんいて、

まるで撮影会のよう。

ベンチで語り合う老人や、犬を散歩させている人、元気な少年たち、

決して保存された街ではなく、

この街で、生活する人たちの息づかいが聞こえてきそうなそんな街。

『住吉神社』

大阪の住吉大社の分社、海運の神様。

佃島は川に囲まれているので、いたるところから川をみることができる。

何かを運んでいる船もあり、きっと江戸時代からの長い長い間、

人の暮らしと川とが関わりあってきているのだと思う。

ある時は、なだめ、友達のように、またある時は、対峙し

失望し、そして畏敬の念をもって。

ここでは、川は街である。そして道や友達や家族でもある。

かわいい家を見つけた。

夏になれば打ち水をして、縁台ですいかを食べる。

井戸水をくむ、線香花火をする、朝顔を育てる。

正しい日本の夏を過ごしそうな感じ。(すべて想像)

いまなお、下町の趣を残すこの街を大切にしたいと思う。

月島に戻り商店街「もんじゃ通り」を歩く。

「月島」といえば、”もんじゃ焼き” 東京の下町の名物。

ずらっともんじゃ焼き屋がならんでいる。

東京で最も古い交番や月島観音、月島浴場などがあるかわいらしい街。

庶民的な路地があり、義理とか人情がまだまだ健在という感じ。

そして月島川を渡ると、今回の最終目的地「勝鬨橋」にたどり着く。

「勝鬨橋」は以前、船が通過するたびに左右に開いていたらしい。

さしずめ今は隠居しているけれど、威厳は保っているご隠居さんのような橋。

とてもしっかりした立派な造りをしているけれど、

揺れて、金属がきしむような音がしてとても恐い。

夕暮れにこの橋にたどり着けたらいいなと思っていたけど、

なんとか、間にあったようです。

 

川は街そのもの、江戸や東京はいつも川と一緒に発展してきた街。

そして江戸時代のひとも、ここ隅田川で同じようなことを思ったはず。

ただしカメラではなく、絵筆を持って浮世絵を描きながら。

Fin

 

 

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